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酒井順子さんの"中年とSNSーなぜフェイスブックは恥ずかしいのか "「センス・オブ・シェイムー恥の感覚ー」を読んで

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文春オンライン『オール讀物』5月号 酒井順子さんの人気連載「センス・オブ・シェイムー恥の感覚ー」を転載

中年とSNSーなぜフェイスブックは恥ずかしいのか 酒井順子「センス・オブ・シェイムー 恥の感覚 ー」引用元:文春オンライン http://bunshun.jp/

Facebookに投稿してみた過去

私自身はSNSのアカウントをいくつか持っていますが、現在自分で投稿することはありません。
Facebookに登録したてのころ、

「公開範囲を限定しているとはいえ、自分の日常の一コマ(極力自然体を装ったモノ)を投稿したら、私はいったいどんな気持ちになるのだろう…?」

と実験的にやってみたことが3~4回あります。

結果として
「なんか異常に疲れる」「これは恥ずかしい行為なのでは?考え落ち込む」「やっぱり人の反応が気になる」
というネガティブな感情しか残らなかったという。。

 

「実はあの人とこんなに恥の感覚が合わなかったとは」

Facebookに登録してから数年たち、

・以前はあんなにアップしていたのに、急にやめた人

・あまり普段は投稿しないのに、たまにアップする内容がすごくポエムな人

・普段の投稿はフツーなのに、まれに思わせぶりな投稿をする人⇒何もかも無意味、空の色さえ無色。空の写真をモノクロ加工しアップ、みたいなの。

・Facebook付き合いで登録したけど面倒、と言いつつかなり頻繁にアップしている人

・今まで大量に投稿したものもすべて削除(非公開)にして、息をひそめている人

・Facebookを引き払い、インスタグラムに一斉に引越しした知り合いグループ

Facebookの「友達」の数が多くない私でもいろいろな人間模様を見てきました。

上記の人は基本的に

「投稿を恥ずかしいと思っていない、またはいなかった」

属性の方々。私も酒井順子さんと同様に
「実はあの人とこんなに恥の感覚が合わなかったとは」

と感じたものです。

そんなにプライベートをさらして恥ずかしくないのか、さらすことに抵抗を感じないのかと。

私の思いがそのまま

酒井順子さんの「センス・オブ・シェイムー恥の感覚ー」を読んで、「私の思っていることそのまま書いてくださった、こんな風に思っていたのは自分だけでなかったのだ」と安心しました。

人の投稿にもやもやした感情を持つ自分は他の人より心が狭いのか?ちょっと思い悩んだ時もあったのです。

「Facebookとかにアップするのって、恥ずかしくない?承認欲求と自己顕示欲の塊みたい。自分の生活が充足していれば、わざわざ他人に知らせたりしなくてもねー」

こういう風に感じている人は世の中に結構いるのか。
「いいね!」を押しつつも、「どうでもいいね!」と思っている人たちが。

 

人のプライベートがあふれる時代に

Facebookは既にオワコンと言われ、インスタグラムが流行り、少し前からは10代を中心に消えるSNSが人気になり、そして最近はマストドンという新たなSNSが注目されています。

こんなに人のプライベートが流れてくる時代はかつてなかった。

学校では個人情報を保護するため、住所録の配布がなくなり、子どもは名札を付けなくなり、企業が保持している顧客情報が流出すれば大騒ぎのニュースとなります。

個人情報保護に皆、敏感になりつつも、一方ではSNSでは大量に人のプライベートが流れてきます。

相反する流れにどう対処するか、どう付き合っていくか、自分の軸をしっかり持てるよう今後も考えていきたいと思っています。

 

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